精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

PCR検査

検査を評価する指標

PCR検査だけではなく検査法や分析技術の評価のために、感度、特異度、陽性適中率、陰性適中率の4つの指標がある。

感度;(真の)陽性を陽性と判定する確率

特異度;(真の)陰性を陰性と判定する確率

陽性適中率;陽性と判定された場合に真の陽性である確率

陰性適中率;陰性と判定された場合に真の陰性である確率

4つの指標の関係は次の表(図1)のとおりである。

f:id:kkatogo13:20200527150407p:plain

図1.感度、特異度、陽性適中率及び陰性適中率。

これらの指標のうち陽性適中率と陰性適中率は真の陽性と真の陰性検体の比率で変化するため、検査法自体の評価には感度と特異度を用いる。PCR検査も含め、臨床検査では生体物質の測定値(例えばウイルスの遺伝子)で陽性陰性を判定する。判定閾値の値により、偽陽性偽陰性の比率が変化する(図2左)。判定閾値を下げると感度(陽性検体中検査陽性の比率)は上昇するが、偽陽性の比率(偽陽性率、1−(特異度))は上昇する。感度と偽陽性率をプロットしたものがROC(receiver operating characteristic、受信者操作特性)曲線である(図2右)。検査が全く役に立たない場合、すなわち青と赤の分布が一致する場合は感度と偽陽性率が一致する(図2右の対角線)。青と赤の分布が分離して検査性能があがると曲線が上方へ移動する。検査性能は曲線の下の面積(area under curve, AUC)で評価する。AUCの値は0.5から1の間で、大きいほど検査性能が高い。

f:id:kkatogo13:20200527150521p:plain

感度と特異度の関係。左、判定閾値と偽陽性・偽陰性の関係;右、ROC曲線。

判定閾値は検査目的に合致するように設定する。図2からわかるように感度が高いと特異度が低く、感度が低いと特異度が高くなる。すなわち感度と特異度の間にはトレードオフの関係がある。普通は感度と特異度の両方が高くなるように設計するが、一方を犠牲にして一方を高くすることもできる。

 

特異度が重要なケース

陽性適中率は検査対象者の(真の)陽性者比率に影響される。感度90%特異度90%の検査を1000人に実施した場合を考える(図3)。陽性者と陰性者が同頻度の場合は、陽性適中率は90%、検査陽性中の偽陽性は10%である。陽性者比率が10%に下がると検査陽性中偽陽性50%に上昇、陽性者比率が1%(がん検診ではこの程度以下)になると、検査陽性中偽陽性は90%を超える。実際がん検診の場合精密検査に回った人の殆どはがん陰性である。このように(真の)陽性者が少ない集団では特異度が重要になる。

f:id:kkatogo13:20200527150558p:plain

図3.陽性者比率の影響。

応用問題としてCOVID-19の陽性率について考えてみよう。大阪府は休業要請解除基準の一つとして「陽性率7%未満」、を設けている(5月9日現在)。ただしこれは検査陽性率であって真の感染者比率ではない。詳細は省略するが、感度と特異度がわかれば検査陽性率から真の感染者比率を計算できる。COVID-19のPCR検査の感度は治療経験のある医師の印象から大体70%、と云われている。PCR検査の特異度は90−98%であるが、90%では陽性率の最低値が10%になるため、此処では95%あるいは98%と仮定する。感染者比率の推定値は図4に示しているが、PCR検査によるバイアスは許容範囲内、あるいは検査陽性率より低いため、検査陽性率を感染者比率と考えて問題はない。なお「7%未満」、の根拠の1つは、7%未満では死亡率が低いから、ということだが、特異度が低いため検査陽性者のほとんどが偽陽性、ということかもしれない。

f:id:kkatogo13:20200527150700p:plain

図4.検査陽性率と感染者比率。

 

新型コロナウイルス(COVID-19)におけるPCR検査の役割

健康診断などを除き、検査は一般に治療方針を決定するために行う。例えば、インフルエンザが疑われる場合、検査によってタミフルを投与するかどうか決定する。これとは別に患者治療とは別に肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(AIDSウイルス)のように入院患者には必ず行う検査がある。これは医師看護師保護が目的である。陽性患者に対して医療従事者は感染しないように気をつけることになる。

COVID-19の場合は、感染勃発当初(3月頃まで)は伝染病対策、つまり感染者の同定と隔離がPCR検査の目的であった。この時期はCOVID-19の病態についてあまりよくわかってなく、通常の感冒や肺炎と似た対応が取られていた。この時期のPCR検査の目的は治療方針決定ではない。感染者の同定が目的の場合、上述したように、感染者が少ない集団に検査を行うと、偽陽性が大量に出て収容する医療機関の負担が増える。そのためクラスターに絞って検査を行うのが合理的であった。

これが緊急事態宣言前後から様相が違ってくる。感染不明者が多くなり、クラスターで検査対象者を絞ることが難しくなったことに加え、COVID-19の病態が明らかになり、通常の感冒と異なり急性悪化するケースがあることがわかった。そのため慎重な経過観察が必要かどうか、治療方針を決定するためPCR検査が必要になった。また感染者増加に伴い感染症専門施設だけではなく一般病院も感染者を受け入れるようになった。そのためPCR検査は医療従事者保護のためにも必要になってきた。状況が初期とは異なり、感染を疑われる者に対してはできるだけ検査を行う必要がある。

このようにCOVID-19のPCR検査目的は3つあり、感染の拡大にともない変化してきている。